
焼き鳥 「鳥栄」の歴史
焼鳥は、鳥栄。そんなブランドが生まれたのは、1960年代。焼き鳥屋に仕立てたのがこの吉国藤雄氏でした。彼の信念は1つ、「お客様に本物の焼鳥を食べさせる」ことでした。
上記の通り、現在鳥栄の商標登録は、吉国 藤雄氏が他界した後は、継続せずそのためにこの鳥栄の屋号は、日本の各地で沢山でております。
どうぞ、遠隔から本物の焼鳥、鳥栄にご来店頂き毎度有難うございます。
私たちの焼鳥は厳選された素材を使用し全て一から丹念に時間をかけた先祖の味、本物の焼き鳥を食べて頂きたくがんばっております。
長年御愛顧いただいています多くのお客様に深くお礼を申し上げます。 (一礼)
今後、この味を守る為にも当時の先代からのお客様も未だ、子孫を通して鳥栄に食べに来ていたでける姿は有難いものです。
皆様のお声をまたお聞かせください。
何卒、昔からの味を守り抜き、全力を尽くしお客様に喜んで頂ける味作りを目指していますが何かありましたらどうぞ、メールにてお声を頂戴したいものです。
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尼崎の老舗焼鳥
「鳥栄」の由来
「鳥栄」の商標は、約60年前に始っています。尼崎市に「鳥栄」の商標を日本で初めて創っています。
元祖は、吉国 藤雄さん(1990年、4月83歳で他界)この人間が日本で初めて、鳥栄の焼き鳥を築いたのです。
「鳥栄」の歴史は、1949年、この吉国藤男氏が戦前、戦後、昔の大手商社の重役で海外で頑張っていたそうです。
先代は、その後成功していた商社の道で友人のビジネスの保証人になり殆どの財産を失ったということです。
そして1から全てを立ち上げる事を決心して、大阪府の北区、梅田でケーキ工場を経営、後このケーキ工場を売却。
そして尼崎市で屋台を押しながらこの秘伝焼き鳥のタレを開発したそうです。
この秘伝のタレで、この鳥栄の焼鳥が生まれたということです。
「焼鳥は、天職」と言っていたその言葉を現在の子孫に継ぎこの尼崎市の鳥栄が存在しています。
現在も関西のみ、(現在、尼崎市に3件、西宮に2件)にこの元祖の味を継いだ子孫店があります。
。吉国藤雄夫の「鳥栄」は全国、各地ので屋号が広がり、沢山の焼き鳥、同業者が下見にきています。
1970-1990年代に同じ焼鳥を経営したい同業者が名古屋や東京、九州などからこの鳥栄の味を研究しに店に検索、下見に来ていたと言っております。
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